変か恋かは知らねども


隣の席の観月はじめという人物はいつだって自分が所属している
テニス部のことで頭がいっぱいらしい手合いで、
私の知る限り、授業中以外は何かにつけて考え込んでる奴だった。
おまけにことあるごとに髪の毛をクリクリと指で弄ってて、
常に神経質そうな感じを受ける。
別に友達がいないって訳でもないようだけど、
時たま耳にする少々嫌みくさいと言おうか上から目線と言おうか、
そんな物言いのせいで少々敬遠されてるところもある。
一応顔は美形に分類されるから一部の女の子は前向きに
こいつに接触を図ってたりするけど
当の本人は女の子には興味がないのか適当にあしらっているし、
全体的に孤高まで行かないけどクラスではちょっと孤立してるように見えた。
というか、身も蓋もない言い方をすると、私には関係のない人物だ。
まず間違いなく、向こうだって私の事など見えてないだろう。

というのも、私は普通の女子と定義しがたいところがあった。
自分で言うのも何ではあるが。
化粧っけは校則違反になるし第一まだ中学生だからないのは
当たり前だけど、それ以前に地味だ。
もうちょっと正確に言うと、自分の外観に執着があまりない。
美人じゃないからモテるわけじゃないし、モテたいわけでもない。
第一、パッケージを繕ったところで自分は自分でしかないではないか。

そういうわけで、私と観月は席が隣同士にも関わらず、お互いの存在を
ないも同然の状態にしていた。
少なくとも、そのはずだった。


事が起こったのは、とある日の放課後だ。

その時、私は居残りさせられてる訳でもないのに教室に残って
朝、弁当のついでにコンビニで買ったお菓子のおまけを弄っていた。
もうちょっと正確に言うと、組み立てていた。
家でやればいいものを何で学校で、と言われそうだが答えは一つ、何となくだ。
時間的にたいていの奴は帰ってるか部活に行ってるかのどっちかだったから
誰かが教室に入ってくるなどとは思っていなかった。
まずその辺の油断が、あの時一番ビビった原因だと思う。

しばらくおまけを組み立てることに没頭してた時に教室のドアが
ガラガラと開いた。
びっくりして思わずバッと顔を上げると、そこには隣の席の奴
―まだ制服のまま―が立っている。
集中していたところへこれだったから、私はまともな反応が出来ずに
相手を凝視してしまっていた。

「何です、僕の顔に何か。」
「いや、別に。」

高圧的に言われたので私はちょっと萎縮してやりかけていたことに戻る。

「人が来るとは思わなかったから。」
「僕もまさか人がいるとは思いませんでしたよ。」

観月はじめは言って自分の席に歩み寄り、鞄を取り上げた。
どうも机の横に置いたままだったみたいだが、私は全く気が付かなかった。
部活にもいかず、制服のままでいるってことは職員室にでも捕まってたのか。
先生に呼び出しを食いそうなタイプには見えないけど。
この間2人は完全に沈黙していて、私は観月があれ以上何かを言ってくるとは思ってなかった、思ってなかったが、

「貴女は何をやっているんです。補習があるから先生を待っている
様子でもないみたいですが。」

話しかけられちゃったよ、おい。

「ちょいと趣味のもんを。」

答えたら観月は私の手元を見て眉根を寄せる。
まぁ普通の反応だわな。

「別にそれは構わないんですが、それより貴女、」
「ん。」
「その髪。」

今、何つった。

「髪がどしたの。」
「乱れてるのをほっといてるようですが、感心出来ませんね。
櫛を入れたらどうなんです。鞄の外ポケットに入れてるでしょうに。」

何でこいつがそんなこと知ってるんだ。
突っ込む間もなく、観月は勝手に人の鞄のポケットに手を突っ込んで、
私の櫛入りコンパクトを取り出す。

「ちょ、ちょっとちょっと。」

本気か、ちゅーか、正気かこいつ。
だが、こっちが動揺してる間にも観月はさっさと人のコンパクトを開けて
櫛を取り出す。

「ほら、ちょっと手を止めて。」
「待て待て、お前、大丈夫か。」
「大丈夫ですよ、むしろ身嗜(みだしな)みにすら無頓着な貴女の方が
異常です。」

いやいや、美容師さんでもない奴がいきなり他人の髪を(くしけず)ろうと
するのも異常だ。
誰かに見られて変な噂立てられたらどうする。
ただでさえテニス部の連中と来たら変なのが多いのに。
(あのテニス部でまともなのは2年の不二と金田くらいだろう。
1年連中は知らないが。)
しかし、抵抗は無駄だった。
観月は勝手に取り出した櫛を手に、私の髪を梳きだす。
正直、何を考えてるんだかまったくわからない。
一目見て神経質で潔癖症気味だとわかるような奴が
自ら進んで人の髪を弄るなんてことが有り得るんだろうか。
とは言うものの、これ以上なんか言ったらヒステリーを起こされそうだ。
私は手を止めて大人しく観月が髪を()かすのにまかせた。

「くすぐったい。」
「ほら、動かないで。引っ張られたら痛いでしょう。」

こいつはひょっとせんでも私を幼稚園の子供かなんかと思ってないか。
いや、絶対思ってる。
さっきからこいつの私に対する口の聞き方は子供に小言を言う親のそれだ。
かなり失礼な話だが、改めて考えると何でこいつがそんな言い方をしてまで
私に構うのかという疑問がわいてきた。
うん、これは確かにおかしい。観月とは友達だった例などなく、
まともに話したこともなかった。

ところが今はどうだ。何故か観月は振り向けばすぐの距離にいて、
当たり前のように人の髪を(くしけず)ってる。
それにしても焦れったい。早く終わらないものか。プラモの手を止められて
とうとう我慢出来なくなった私は身動ぎした、が、

「動くなと言ってるでしょうっ。」

きっちり怒られた。

「うるさい、私は早くエヴァンゲリオン初号機の勇姿を組み立てたいんだ。」
「何が勇姿ですか、たかがお菓子のおまけでしょうに。
大体貴女、ホントに女性ですか。とても趣味がそうとは思えませんね。」
「馬鹿者、このおまけの中にもロマンがあるんだ。」
「それも普通なら男の台詞ですね。」
「そういう観月はどうなの。ロマンを感じるもん、ないの。」
「さあ、どうでしょうね。」

問うと観月はふと手を止めた。

「そんなもの、感じたことがあったかどうか。」

いや、そんな淋しげに言われてもな。
ちゅーか、お前、テニスはどうなんだ。突っ込むべきか否か迷っていたら、

「さあ、髪止めを貸しなさい。」

えらい上から目線で言われた。
黙ってヘアゴムを渡すと、観月は手早く私の髪を結い上げる。

「これでよし、と。次からはご自分でやってくださいよ。」

いや、あのな。

「勝手にしたのはそっちじゃん。」

しかし、人の話も聞かず、隣りの席の神経質君は満足そうに
去っていってしまった。

次の日の朝、登校してきた観月はいつもと変わらず、私には無関心の
態度をとっていた。
しかもそれは普通に放課後まで続いた。ますます訳のわからない奴だと思う。

とは言うものの、先に言ったように私も特に観月に対して執着が
ある訳じゃなかったから何の問題もない。
あれから特に何も起こらないまま迎えた今日も私はいつもどおり
堂々と持ち込んだお菓子のおまけプラモを組み立てにかかっていた。
こうしときゃ何かと便利だ。というのも休み時間に人をおちょくりにくるだけが
仕事みたいな奴がドンびきして寄って来ない。

ってな訳で私は箱からおまけを取り出す。うん、思った通り、
くすんだピンク一色に染められた安いプラスチックの
枠付パーツが出てきた。しかし色は問題ではない、組み立てることに
意義があるのだ。色はそれこそ家に帰ってから絵の具で塗ればいい。
(勿論、アニメ絵かなんかの資料は必須。)
早速中袋を開けて、私は枠付パーツを引っ張りだす。
箱は内側に組立て方が載ってるから一辺にはさみを入れて
直方体の展開図よろしく広げてしまう。
そうやって一連の作業をしていたら、

「またプラモですか。」

隣りからボソリと呟く声が聞こえた気がしたけど、
多分気のせいだ。
どっちがおまけなんだかわからない申し訳程度についてたガムを
噛みながら私は枠からパーツを外し始めた。ニッパーなんていらない。
手で外すかはさみで切っちゃえばいいのだ。
ちょっちぐらい跡が残ってもどうってことない。
(勿論、こだわりたいならそれはそれでいい)
とりあえず幾つかパーツを外して箱の説明書きを見ながら組み立ててみる。
ガチョガチョやってるうちにロボットの左腕が出来た。

「あ、凄い。関節動く。」
「何やってんですか、貴女は。」

横から観月が口を出す。

「別にいいじゃん、誰に迷惑かけてる訳じゃなし。」
「異様な光景で僕の視界が迷惑を被ってます。
貴女、さては空気読めないタイプですね。」

意外と突込みが激しい奴だな。

「授業中にやってて、先生に怒られてもまだしてるなら
そう言われてもしょうがないけど。
ちゅーか、そっちこそやばいんじゃない。変人と話してたらいじめられるよ。」
「貴方、何かあったんですか。」
「さあね。」

適当に答えて私はまた目に付いたパーツを枠から外す。
組立てたら今度は左足が出来た。観月は髪を弄りながらこっちを見ている。
イラついてるっぽいが、それなら見なければいいではないかと
思うのは気のせいか。 まぁいいや、ほっとこう。

「思うんですが。」

おいおい、また話しかけてきたよ、こいつ。

「なぬ?」
「その左足のパーツ、一個はめ方が逆ではないですか。」
「うそん。」
「貴女に嘘ついて何のメリットがあるんです、馬鹿馬鹿しい。」

嫌みか、何かの嫌みなのかそれは。

「どれ。」
「これです。強引にはめられたか知りませんが、これでは胴体に
繋がりませんよ。」
「ゲ、やっとはめたのに解体すんの、最悪。」

げんなりする私に観月はとんでもない台詞を吐いた。

「嫌なら僕がやってさしあげますが。」

待て、待つんだ、観月。とりあえず、

「落ち着けっ。」
「貴女がね。」

ダメだ、こいつ訳わからん。クラスの奴らもこっち見てるし、終わった。
多分、放課後にはテニス部の連中にも伝わってる。
学校終わったら即刻逃げ帰ろう。

という訳で、その日の放課後、私は本当に逃げ帰った。
今日逃げたところで明日の状況がマシになる訳じゃない、
寧ろ悪くなると思われるが今日はこれ以上学校に居られる訳がない。


まったくもってまずいことに、思ったことは当たってしまった。
次の日登校して、校舎に向かう途中のことだ。
ルート上どうしても通らないといけないテニスコートの側を
そそくさと通り過ぎようとすると声をかけられた。

「お、じゃん。噂をすれば影だーね。」

ぐえっ、この言い回しは。というか、

「朝っぱらから噂をすればって何よ、柳沢。」

しまった。無視すればよかったものの、体質のせいでついうっかり
突っ込んでしまった。
口調に妙な特徴のあるテニス部員はニヤニヤしながら
私を見ている。

「すっとぼけても無駄だーね、観月と噂になってるだーね。」

こいつの話を聞いてるとどつきたくなるのは私だけか。

「知るか。」

私は言った。

「あんまりしょうもないこと言ってると、観月に怒られるよ。
そもそも本人に失礼だし。」

実際、柳沢の後ろから観月本人が怒りのオーラを(まと)いながら
やってきていて、私はまだ気づいていない柳沢をほったらかして
その場から去った。

テニスコートから逃げて教室に来たら、これまた案の定クラスの連中の目が
鬱陶しかった。
よく思うんだけど、本人が来てるのを目にしてるにも関わらず
ヒソヒソ話をするってのはいったいどういう了見なんだろう。
何か言ってるのを知られたくないなら、本人のいない所でするべきだし、
言いたい事があるならとっとと言いにくるべきだ。
そんなことわかる脳みそを持ち合わせてるなら最初からやらないだろうけど。
特に、私の席から3つ斜め前の席のそこの女子。
何であいつが観月君と仲がいいんだとか何とか言ってるのが聞こえてるぞ。
朝っぱらから不快感MAXで私は席につき、鞄を置いて1時間目の
授業の用意をする。
部活の朝練を終えたらしき観月が教室に入ってきたのは
後数分で担任がやってきそうな頃合いで、勿論クラスの連中は好奇の目を
思い切り彼に向けていたが当の本人は全く動じている様子が無かった。
そういや、あの後柳沢は無事だったんだろうか。


1時間目が終わった休み時間、観月が即話しかけてきた。

「今朝はすいませんね、不快な思いをさせたようで。」
「いや、別に観月が謝ることじゃないと思うけど。」

確かに原因はこいつの私に対する謎の接し方だが、責めるつもりは毛頭ない。

「柳沢君にはよく言っておきました、余計な事を言わないようにって。」
「ああ、うん。」

気のせいか、観月の背後に何か不吉なものがちらついてるように
見えるのだが。
こりゃ柳沢は相当えらい目に遭わされてるな、合掌。

「私は別にどっちでもいいんだよ、」

何か言われてるのはいつものことだから。

「でもそっちが困るんじゃないの。」
「何故です。」
「何故もへったくれも。」

本気で言ってるのか、こいつ。
変な噂たったら自分が何かとやりにくいだろうに。

「どうも貴女の思考がわかりかねますね。」

髪をクリクリやりながら観月は言った。

「普段は人目を(はばか)らず自分は自分で通している、
自分はどう言われようが構わない。
でも他者が何か言われてるのは嫌。本当の所はどうなんですか。」
「そんなこと聞いてどうするの。」

そっちが調べなきゃいかんのはテニス関係のことだろうに。

「そもそも観月こそ、何でいちいち私に構う訳。お宅、そんな暇じゃないでしょ。」
「貴女に興味があるんですよ、個人的にね。」
「何で。」

聞いたら観月はふ、と笑ったが卑怯な事にそれ以上は教えてくれなかった。


その後も観月は不定期ながらも放課後、忘れ物でも取りに来た振りをして
私が残っている教室にやってくるようになった。
前みたいに人の髪をいきなし手入れすると言うような時間のかかることは
しないけど、一言声はかけていく。

大抵は、

「まだ残ってるんですか、早くお帰りなさい。」

とか、

「プラモも結構ですが、宿題は大丈夫なんでしょうね。」

とか、まるで保護者か先生みたいに小うるさいことを一方的に
言ってさっさと行ってしまうが、たまに、

「行ってきます。」

などと言ってくるので大分ビビらされる。
そのくせ、私もついうっかり『いってらっしゃーい。』なんぞと
にこやかに言ってしまってるのが笑える。
観月がこうして時折、忘れ物を口実に一旦教室に戻ってしまう点について
テニス部の連中がよく何も言わないもんだと思ったが、
多分もう状況をわかっているんだろう。
聞くところによれば、部長の赤澤ですら観月に押され気味ということだから
ひょっとしたら、見て見ぬ振りかもしれない。

更には、部活が終わる頃合にまだ私がいるような時なら、
わざわざやってきては話をしてくるようになった。
勿論、私も毎日のようにプラモ付きのお菓子を買ってる訳じゃないから、
フンフン返事しながら観月の話を聞く。
観月の話は大抵は部活の話でそれもちょっと愚痴が入ってるけど、
知らない分野の話を聞くのは悪くない。よくわからない部分を尋ねたら、
上から目線な言い方で、それでもちょっと嬉しそうに説明する姿は
なかなかに面白かった。

そうしているうちに、いつの間にか私は放課後の教室に居残って
観月が部活の前、または後にやってくるのを心待ちにするようになっていた。
来なかった日は、淋しい、と思うようにすらなっていた。
加えて日々が過ぎるごとに、その思いは強くなっていき、
ひどい時には観月が用事で他の女子と話してるのをみるだけでも
落ち着かなくなるくらいにまでなった。

これは変なんだろうか。


こうして私と観月の関わりが以前より深くなったことは、
知らない所でも思わぬ影響を及ぼしていたらしいが、
まさかそのせいで私に直接的な衝撃が来ることはまったくもって
予想してなかった。
でもその予想外の衝撃は突然にやってきたのである。


また別の日の放課後、私は家の用事があったもんだから
急いで帰ろうと廊下を走っていた。
人が少なかったから大丈夫だろうとろくすっぽ前を見てなかったのだが
正直これはまずかった。

ドンッ

思いっきり誰かにぶつかってしまう。

「あー、すいません。」
「いってぇ、どこ見てんだよ。」

ぶつかってしまった相手はブツブツ言いながら立ち上がるが、
私の顔を見るなり一瞬動きを止めた。

「アンタ、さんか。」

えーと、額に傷いってて髪が茶色っぽくて短いこいつはテニス部の不二だ、
多分。

「そうだけど。」

答えたら、不二はやっぱりといった感じの顔をした。

「丁度よかった。アンタに言いたいことがあるんですけど。」

どうでもいいけどな、お前2年だろ。いくら間抜け面だからって
あんまし喋ったことのない3年に向かってアンタ呼ばわりはどうなんだ。

「何。」
「あんまり観月さんにうるさくしないでください。」

今、何と言った。

「あの人はうちの部の(かなめ)だ。観月さんが
アンタに時間を取られてたら、俺ら全体にも関わってくる。」

待て不二、それは誤解だ。
私はそう言おうとしたが、不二は隙を与えずにこう結んだ。

「アンタもわかってるんなら、そのところよろしく。」

人の言い分をまったく聞かずに、不二は行ってしまった。

不二の発した言葉は極々単純だったけど声色(こわいろ)から、
何が言いたいのかは何となく感じた。
要するに、奴は観月が私に(うつつ)を抜かしている
(少なくとも奴にはそう見える)のが許せないんだろう。
だが不二よ、私は別に観月の邪魔するつもりはまったくないんだよ。
私からちょっかいかけたことなんかいっぺんもなくて、
観月が自分から来ちゃってるんだよ。
それで一体どうしろというんだ。

残された私はそんなことを頭の中で言いながら、しばらく立ち尽くしていた。
急に心の中に空洞が出来た気分だった。


「どうしました、今日はいつも以上にボケておられるようですが。」

次の朝、観月に言われて机に突っ伏してた私はゆっくりと
隣の席に顔を向ける。
昨日不二に言われたことを正直言うつもりはない。
だから私は自分なら有り得そうな嘘をついた。

「ロボットアニメ見て夜更かししちゃったから、眠いの。」

寝れてなくて眠いのは本当だから、まるっきり嘘じゃない。
観月は不審そうな顔をしたがそれ以上は突っ込んでこなかった。
助かった、と思ったのは言うまでもない。

そしてこの日の放課後、私はいつぞやのように居残らずに
即刻学校から逃げることにした。
だから、終礼が終わった後慌てて鞄に教科書やなんやを詰めていたんだけど
やはりいつもと違うことをしてると隣の席からは丸わかりらしく
きっちり観月が見(とが)めた。

「随分お急ぎですね。何かあったんですか。」
「ちょ、ちょっとね。急ぎの用事が、ね。」

いいのか悪いのかは知らないけど、私は基本的に嘘がうまくない。

「何かありましたね。」

ギクリ、としたのがまずかった。
観月は確信したように呟く。

「後でお話は伺います。部活終わってからになりますが、
先に帰らないでくださいね。」

御免、悪いけどそれ無理。
私は思った。
ちょくちょく話すようになってから何となくわかってきていた。
観月のことだから、言葉の裏で妙に心配するに決まっている。
しまいめには、誰が何を言ってきたのか聞き出そうと全力を傾けるだろう。
そうすると私は事の次第を話さないといけない訳で、
つまりそれは都合が悪い。
考えてみるといい、不二にしてみれば単に自分らのチームのことを心配しての
発言だった訳で、勝手にがっくりしているのは私の都合だ。
気をつけないと、観月は不二に何かを言いかねない。
それは絶対避けたい事態だ。

だから、今日は悪いけど逃げさせてもらう。そして、多分もう…。


と、思ってたはずだったのだが。

「で、何があったんですか。」

部活から戻ってきた観月が言った。
人が居なくて空いてるのをいいことに自分の席ではなく、
私の前の席に陣取っている。
そう、結局私は逃げられなかったのだ。ヘタレでも何とでも言うがいい。
だって、逃げかけて途中で思ってしまったのだ。
ここで観月からトンズラしたら、気まずさや罪悪感で明日以降の状況が
死ぬほど耐え難くなるんじゃないかって。

「何があったってよりさ、前から気にしてたんだけど観月は大丈夫なの。
私のせいで部活にさしつかえてたりしないの。」
「藪から棒に何です。」
「だって、よく部活行ってからわざわざいっぺん戻ってきたりしてるしさ。」

観月は無駄に察しがよかったみたいだ。
私の発言を聞いて、ははぁ、と頷いた。

「誰が言ったのかは知りませんが、失礼な話ですね。
その程度で本当にうちのチームに大きな損害が出たことなど
いっぺんもありませんよ。しかしまぁ、」

ここで観月はちょっと考えた。

「貴女への風当たりが強くなるのは本意ではありませんので、
気をつけるとしましょう。」

そん時の観月の微笑み方が本当に優しい感じだったもんだから、
不覚にもちょっとジンときてしまった。
絶対に言わないけど。

「てゆーかさ、」
「はい。」
「何でいきなり私に関わろうと思った訳。」
「いきなりとは心外ですね。」
「心外じゃないでしょ、だって今まで私のこと無関心だったじゃん。」

言うと、観月はおかしそうにハハハと笑った。
まさかそんな風に声をたてて笑うとは思わなかったから私は
吃驚(びっくり)する。

「これはこれは、まさか僕が何も見てないとでも。」
「思ってたよ、だって何も言ってこないじゃん。」
「無関心は明らかに貴女の方ですね。僕はずっと見てましたよ、
何せ興味深いもので。」
「何で。」

前にも聞いたけど答えてもらえなかった疑問を私はもういっぺんぶつける。
すると観月はクスリと笑って、

「決まってるでしょう、面白いんですよ。貴女のやることはいちいち
他の女性と違うので。」

こら、待て。

「やることが普通と違うことは認めるけど、面白いは絶対にないっ。」
「どこがです。お菓子のプラモは持ち込むわ、身嗜みはほったらかしだわ、
そうかと思えば、休み時間に携帯のワンセグテレビでロボットアニメ見てるわ、
笑うしかないでしょう。」
「ちょっと待て、最後の項目、何でそんなことまで知ってるのっ。」
「録画した奴ですよね、角度によっては丸見えですよ。
画面フィルターを使われることをおすすめしますね。」

こいつ、そろそろどついてもいいか。
そう思ってたら観月は事もあろうにこう言った。

「まぁ僕が楽しいんですから、いいじゃないですか。」
「このっ、褒めてるのか、おちょくってるのかはっきりしろ。」

観月はさて、どうでしょうね、と笑ってごまかす。
私はごまかすな、とそんな観月を揺さぶる。

「ああ、そうそう、忘れるところでした。」

揺さぶる私の手を止めて観月が言った。

「お渡ししようと思っていたものがありまして。」

一体何だろうと思ってたら、観月は鞄をゴソゴソやって小さい紙袋を取り出し、私に差し出す。

「何。」
「開けてみてください。」

言われるままに開けてみると、

「あ。」
「お気に召しますかね。」
「うん、ありがとう。でも何で。」
「いつまでも自分の外見に無頓着では見てる方が困りますからね。」

ひどい言われようだ。

「さぁ、つけてあげますからそう膨れないで。第一、事実でしょう。」

最早突っ込むのも面倒くさい。私はしていたヘアゴムを外し、もらった髪留めを机の上において大人しくする。
観月は当たり前のように私の鞄からコンパクトを出し、中の櫛を取り出す。
そうして、これまたいつものことのように私の髪を梳りはじめる。

それは所謂(いわゆる)穏やかな時間ってヤツで、私はぼんやりと
何かこうされてる時が好きだな、と思った。

これは変なのか、恋なのか、よくわからないけど。




終わり。




作者の後書(戯言とも言う)

最初は仕事の行き帰りに携帯電話のメール画面に打ち込んで、
その後は冷房を入れずに窓だけ開けた部屋で打ち込んだ挙句に
出来上がった初めての観月夢です。
何故彼になったのかというと、うちの夢小説といえば基本的に
少数派になりがちなヒロインとキャラの話になる訳ですが
観月少年になるとどんな感じの物が出来るか
試してみたかったからです。
とはいうものの、あんまり明確なイメージはすぐに出てこないまま
ただ、最初から他に誰もいない教室で観月少年が同級生の
髪を梳ってるイメージだけ浮かんでいる始末でしたが。
(そういう姿がどっか似合う気がしたのです。)
結果としては、いつもと変わらない出来上がりとなってしまいました。

後、まさか言ってくる人は居ないと思いますが念のため。
裕太少年がちっと憎まれ役みたいなことになっていますが、
当の作者本人は彼にまったく恨みはありません。寧ろ裕太少年は好きです。

2008/07/27




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